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3.11から365日

2011,3,11
あの大地震から1年ですね
もう1年かという思いと、まだ1年かという思い。。

色々あったなー
私は関西に住んでいるので、対岸の火事じゃないけど現実感はそれほどなく
募金とかはするけれど、実際に現地に出向いてボランティアをしたりといった活動はしてきませんでした。
本当に被災した人たちには申し訳ないとは思っているのですが・・・
東北と関西ではそれほどに今回の地震に対して危機感とかが違ったと思います。

そうはいっても1995,1,17.阪神淡路大震災を経験した私は、地震の恐さとか悲しみを少しは分かっているつもりです。
私の地域では震度5でしたが家も壊れず、電気や水道も止まることはありませんでした
でも電話が繋がりにくかったり、スーパーなど食料品が品薄になったり。友人が亡くなる経験もしました。



今日は1年と言うこともあって、1日中特集が組まれていました。
テレビで放送されるのは、あの日の真相、そして復興を目指す町の人、行政の対応
何が悪くて、何が幸いだったのか。運命の分かれ道があるとするならどこだったのか
月並みだけど、これからのために考えながら、同じことを繰り返さないためにも必要なんですよね

あの日を体験した人がやらなきゃいけないことだと思うんです



まだまだ思うことはありますが、今日は曲の紹介を
以前日記にも上げましたが、もう一度、聞いてほしいなと思ってあげます。



1995年 1月17日   阪神淡路大震災



当時ニュースにも取り上げられたみたいで、知っている人も多いかもしれませんが
出来ればもう一度聞いて欲しいし
知らない人には是非聞いてもらいたいので紹介します


これは当時大学生だった男性(加藤貴光さん)がお母さんに送った最後の手紙を歌にしたものです
この手紙を渡した直後に彼は震災にあい、21歳で亡くなってしまいます

でもその手紙を偶然知った奥野勝利さんという音楽家が彼の手紙を歌にしました


この曲を聴くと
頑張ろうとかしっかりしようとか・・・悲しくて切ないなとか
色々考えさせられます

奥野勝利さんのブログゆーとぴあすとりーとでは紹介する曲以外にも
加藤貴光さんのお母さんと実際に話されたインタビューも載せておられます


私がこの曲を知ったのは20歳のとき
当時20歳をだった私には本当にタイムリーというかなんというか
すごく衝撃的な歌でした

もし加藤貴光さんが亡くなっていなければ、ここまで感動しなかったかもしれない
同じ20歳なのに・・20歳だったからこそグッとくるものがありました

こんなに素敵な手紙を書く人が亡くなってしまったのは
彼を知らない私でもすごく悲しかったのを覚えています


下の「親愛なる母上様」を押してもらうと曲が聴けます。
手紙(歌詞)も載せてみました


**************************

親愛なる母上様  作詞:うしくん(加藤貴光)

あなたが私に生命を与えてくださってから、早いものでもう二十年になります。
これまでに、ほんのひとときとして、あなたの優しく温かく大きく、
そして強い愛を感じなかったことはありませんでした。

  私はあなたから多くの羽根をいただいてきました。
人を愛すること、自分を戒めること、人に愛されること……。
この二十年で、私の翼には立派な羽根がそろってゆきました。
そして今、私はこの翼で大空へ翔(と)び立とうとしています。
誰(だれ)よりも高く、強く自在に飛べるこの翼で。

  私は精一杯やってみるつもりです。
あなたの、そしてみんなの希望と期待を無にしないためにも、
力の続く限り翔び続けます。
こんな私ですが、これからもしっかり見守っていてください。

また逢える日を心待ちにしております。
最後に、あなたを母にしてくださった神様に感謝の意をこめて。

翼のはえた“うし”より


**************************



たまに思い出したようにこの曲を聴きたくなります
その度に泣いてしまうのですが
本当に素敵な手紙で歌だと思います

是非聴いてみてください。

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